年子母ちゃん、キャリアも育児もええとこどり(を目指す)

夫、1歳の息子、2歳の娘と四人暮らし。 30代、ワーママ(フルタイム)。キャリア優先の人生から一転、インターネットの怪しい子育て情報に翻弄されつつ、日々年子の2人の子どもの母ちゃんとして逞しくなってきています。

ついにダイアローグ・イン・ザ・ダークを体験できた

仕事の関係で、ずっと行ってみたかったダイアローグ・イン・ザ・ダークに伺うことができました。

光を完全に遮断した暗闇空間で、視覚障害者の方の案内のもとで参加者との対話を楽しむ体験ができる場所です。

did.dialogue.or.jp

当事者の気持ちを疑似体験して、初めて理解できること

以前、専業主婦やワーママに対する世間の認識を例に、人間は当事者にならない限り、どんなに共感力が高い人であっても、他人の苦労が分からない生き物であって、単純に肩書きがどうこうでその人のあり方を評価することは大変失礼にあたると思う、という記事を投稿しました。 

naraco55.hatenablog.com

実はこの投稿をした数日前にダイアローグ・イン・ザ・ダーク(以下、DID)を体験しまして、記事の内容にも影響を与えました。

DIDを通じて、視覚に頼らずに身体を動かし行動することや誰かと対話を行うこととはどういうものかを身をもって感じたことで、社会のあちこちで「障害者に配慮しています」と書かれて/言われていることが、まったく配慮になっていないことを思い知りました。

DIDで体験したこと

参加者は小グループに振り分けられ、視覚障害をもつアテンダントの方の誘導のもとで、舞台となる暗闇に入っていきます。

体験のメインである対話のパートは最後の方で行うのですが、それまでは暗闇の世界を体験するという意味合いもあってか、ブラインド・サッカー用の鈴がなるボールを使った玉転がしや(みんな暗闇なのに意中の相手にパスできるんです!びっくり。私はできなかったけど)、テーブルの周りに椅子を運んでジュースを飲んでみたりしまして、「暗闇の中でも、あたい結構やれるやん!」と少しずつ自信が出てきました。

イベントの様子は公式HPの「VIDEO GALLERY」の映像が分かりやすいです。


ダイアログ・イン・ザ・ダーク アカデミックプログラム紹介動画


【DID】ダイアログ・イン・ザ・ダーク ビジネスワークショップ紹介動画

 

暗闇の中で行動するにあたって心の支えになったのはアテンダントさん。

視覚障害者なので、暗闇の外でも中でも視覚が変わらないので、我々が暗闇の中で行き場が分からずおろおろしていると難なく誘導し、お茶タイムのためのテーブルを運んでくれ、飲み物を運んでくれ…心強いの言葉以外に当てはまるものなし!!

参加者全員が、アテンダントさんが用事で一瞬でもいなくなると不安でたまらなかった、と言っていました。

暗闇の外では視覚のある人が視覚がない人を庇護するかのような言動が目につきがちですが、ところ変われば全く逆の立場なるのです。

むしろ立場を分けて考えるどころか、「我々」と「彼ら」という2分対立によって障害者を理解することの意味のなさに気づかせられました。

イベント最後の対話のパートでは、どんな社会を実現したいかを語り合いました。

視覚が閉ざされているので、身振りも手ぶりも、プレゼンテーション・スライドも使えません。

言葉だけで自分の意図を伝えることに、参加者みんな苦戦しました。 

普段誰かに何かを伝えるとき、いかに目に頼って生きているか、言葉で伝えることをおろそかにしているか、さらには言葉のボキャブラリーの蓄積が現代生活の中で失われていることなんかを、実感しました。

視覚障害者の方は目が見えないので、言葉などの音情報や熱などの体感情報がないと周りの皆が何をしているか状況が把握できません。

なのでアテンダントの方が、「(普段の生活の中で)もっとみんな話せばいいのに、と思う」と素朴な様子でおっしゃっておられて、「確かに!!」とうなずかずにはいられませんでした。

私のような子持ちの夫婦がそうですが、視覚に頼りすぎて、「私が大変なのが見えてるでしょ、分かってるでしょ、だったら言われなくてもこうしなさいよ!」と思いがちです。

しかしまずは相手が自分と同じように物事を見ていないと考えて、相手に伝わる言葉で対話を始めること、そして時にはハグなどして気持ちを伝えあうことが、人間関係の第1歩なのかもしれないなと深い感銘を受けました。

考える前に体験しろ、体験できないならたくさん話を聞け

DIDが終わったあと、街の様子、駅の様子を無意識に「視覚がなかったらここではどうなるか」と考えながら歩いていました。

そして普段過ごしている空間、特に駅の段差やスロープ、人混みなどが、どれだけ視覚障害者の方に危険を及ぼしうるのか恐ろしい気持ちになりました。

こういう感覚は、どれだけ頭で理解しても得られるものではありません。

しかし当事者の世界を体験できないからあきらめるのではなくて、当事者の方々からたくさん教えてもらうことでも、少しでも理解に近づくことは可能なんではないかとも思うのです(ちなみに私は視覚障害者の知人がくれたご縁でDIDに参加することができました)。

問題なのは、当事者への接点を持たないまま自分の頭だけで学んで理解した気になってしまうことなんだと思います。

なお東京では期間限定イベントで、聴覚障害者の世界を体験するダイアローグ・イン・サイレンスや、高齢者の世界を体験するダイアローグ・ウィズ・タイムが開催されるそうです。

dis.dialogue.or.jp

dwt.dialogue.or.jp

どんな内容でしょうね。

もっと東京以外の都市でもこういう機会が増えるとよいのになあ、と感じます。